カテゴリ:日露戦争( 1 )

 

2009年12月13日 TSS例会

 当日の参加者は10名。
 プレイされたゲームは、日露戦争(コマンド)、スモレンスク攻防戦(コマンド)、チトー(SPI)等。

 スモレンスク攻防戦はH赤軍対Y口独軍のプレイ。
 赤軍の増援は精鋭部隊ばかりで、独軍の攻撃ははかばかしい進捗がなく、第4ターンには、赤軍の反撃が各所で行われ、独軍装甲が除去の危機に陥っていたようだ。しかし、天は赤軍を見放していて、3カ所の攻撃がことごとく失敗した。
 それからは独軍のペースで、第7ターンの時点で、イェルニアを占領し、赤軍が維持できそうな勝利得点都市はクリチェフぐらいになっていた。

 チトーは、K全さん、T島さん、それにK藤2号さんもプレイしていたのかな?
 ルール読みから始めていたので、プレイの開始は午後にずれ込んでいた。

 日露戦争を久しぶりにプレイした。
 O崎さんが日本軍、私がロシア軍だ。私はロシア軍の方が好きなので、こちらから露軍のプレイを申し出た。
 プレイしたのは、最近出たばかりのJWC版だ。日本軍のユニットの色が赤になっていたのが目立つ違いかな。流石に2回目の作り直しとあって、細かいところの明確化やプレイエイドが充実していた。しかし、細かい明確化がことごとくロシア軍不利になっていたような、、、。
 O崎さんはあまりプレイしたことが無いとのことだったので、旅順篭城策のような奇手ではなく、オーソドックスにプレイした。
 第1ターンの戦闘結果はDDだった。久しぶりで後退の仕方を間違えたけれど、日本軍も追撃の仕方を間違えてくれて結果オーライで、除去ユニットなく切り抜けられた。
 しかし第2ターンの南山攻略戦では、まさかのDEを喰らって旅順の命運は早々に決まってしまった。仕方が無いので、1個旅団を足止めに遅滞を行うも、これもDEを喰らって要塞守備兵力に事欠く有様となった。
 日本軍は主力を山地方面に指向し、第2軍は手薄だった。それに合わせてロシア軍も山地方面に手厚く兵力を回した。しかし日本軍の攻撃は的確にロシア軍の手薄なところを叩き、賽の目での失敗もなかった。一度ARが出たものの、ロシア軍戦線の後方へと抜けていったため、却ってロシア軍が苦しい始末だった。
 第2軍に対しては、騎兵を犠牲に遅滞戦を行った。戦闘後前進での包囲が怖くてまともな戦線を引かなかったのだが、振り返るとこれは失敗だったかもしれない。
 結局第8ターンにロシア軍の戦線が張り切れなくなって投了した。
 第6ターンにロシア軍最左翼の山地の端で5対1攻撃でDEを喰らって騎兵2個連隊が全滅したのが、一番効いたな。そのために第8ターンにシベリア師団を含む2ユニットが憮順前面で包囲されて戦線が崩壊した。
 戦線崩壊がわかった時点で、遼陽前面でロシア軍は反撃に出た。1対1の包囲攻撃で日本軍1個師団を撃滅したものの、それが最後のロシア軍の煌めきだった。
 プレイ中は大きなミスはなかったと思うのだが、小さなミスが積み重なって失血死してしまったようだ。それと予備を全く捻出できなかったのがいけなかったかな。尤も、ロシア軍で予備を残しておけるような余力があればゲームに勝っているか。
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  by U1_KAZAMA | 2009-12-13 23:01 | 日露戦争

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